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2007年 6月 11日 10.その3 重症心身障害児(者)の、感覚や身体からみた世界を創造する

5.重症心身障害児(者)の、感覚や身体からみた世界を想像する


 豊かな情動の表出と関係の中での交流の実現には、身体に苦痛がないこと、つまり安楽さの実現が大切であること、そこから、身体感覚の充実が生まれて、関係がとりあえる、よりよい条件が生まれるため、生活の中でのケアが重要であることを記した。

 今回は、なかなか周囲が気づきにくい、重症心身障害の方特有の個別の感覚や身体の状況について記したい。

 まず初めに、感覚過敏の問題をとりあげたい。ドアを ガチャとしめる、ものを急に落とす、急に身体に勢いよく触れる、勢いよく動かす、これらの急な刺激に、非常に敏感に反応する重症心身障害の方がいる。ある利用者の方は、これらの刺激で一瞬呼吸をとめてしまったり、繰り返しの中で、呼吸状態を悪くする方もいる。なにげない音が、ある利用者には、驚愕反応として、表現される。また、逆に、ある感触や音に、実にいい表情を浮かべる利用者がいる。腕に、木のローラーをそっと触れたとき、実に言い表情をした方がいた。視覚刺激、聴覚刺激感触、味覚、空間認知、スピード感覚、対人感覚、重症心身障害の方の視点や感覚は随分一人一人ちがう。それには麻痺や脳の機能、姿勢や環境との相互経験が関与していると思う。いつも寝た姿勢で、高さで、見ている感覚と歩きながら見る感覚とでは随分ちがう。はいってきた刺激を、いつも大脳皮質で、その意味を認知了解して、経験が広がって、受けてめている場合と、音が、常に、周囲の意味や環境と切り離され、直接的に脳に知覚されて行く場合とでは、その受け止め、感じる刺激の強さは随分変わってくる。外来で、ことばで表現できる脳性麻痺の方に、ベッドに横になっていただいて診察をする。なんでもないベッドが、麻痺のある方は転落しそうですごく不安になるという。麻痺のある方にとって、安心して横になれるベッドの幅の感覚が随分ちがうことに気づく。我々、ケアをするスタッフとして、まず最低限配慮すべきことは、身体的に苦痛のない状況、そして感覚的に安心な状況をつくりだすことである。生活する空間、高さ、ベッドの幅、感触や音が不安でなく、安心できることが大切である。そして、安心があれば、そこから楽しめる世界がひろがり、お互いの感覚を理解しあって、交流するという新たな世界を共有、発見して行くことにつながっていく。

 リハビリスタッフは、利用者の感覚が少しでもわかるには、その人の姿勢で、呼吸したり、物を食べたり、動いてみたりすることをすすめている。頸部を後屈させてものをのみこむことが、いかに難しいか、全身がそりかえり、上肢が屈曲固定されている中での呼吸がいかに難しいか、その人の日常姿勢をまねてみると、ほんの一部分と思うが、利用者の感覚を想像することができる。感覚の違いを少しでも、感じ取れればケアの質は随分変わってくる。重症心身障害の看護師や介護のスタッフは、夜、利用者が、ベッドの中で、安心して、いい表情で眠っていただいていると、ほっとし、疲れがふきとぶという。その時、なんとなくいいケアができたのではないかという、満足感があるという。それは、このベッドに安心した表情で眠っていただくには、実に多くのことを考え配慮しながらのケアの後に、はじめて獲得されるということを知っているからであろう。

 最初にのべた、もの音で驚愕反応をしめす、利用者の修学旅行に、以前つきそったことがある。夜ホテルで、学校の先生が鉄琴を取り出して、演奏をした。鉄琴のかーんという単発の音で、驚愕反応を示した利用者も、「ひだまりの歌」というなめらかな曲の演奏の時には実にいい表情をしたのには驚いた。同じ音刺激でも、単発の音では、びっくりしていたのに、音がつながり、なめらかなレガート調のメロデイに変わった時、利用者には安心して、楽しめるものに変化したのである。重症心身障害の方のケアは、単発の音ではなく、このメロデイのような全身をつつみこむような、音楽をかなでるようなケアが必要なのだと、このとき思った。