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2007年 7月 17日 14.その7 コミュニケーションと記憶(4)

9 コミュニケーションと記憶(4)
   知識と評価の総動員による働きかけの反応からサインを読み取る


 前回、コミュニケーションのためには、ひたすら行動を観察し、その行動の意味を考えることの重要性を、反応の少ない重症児の反応の観察で考えた。
今回は

2) 医療、看護、介護、療育の知識も総動員し、目前の利用者を評価し、対応を変化させて見て
  そのときの本人からのサインを読み取る。

 

 ということを考えてみたい。

 重症心身障害の方は、自ら、表現する手段が限られている。でも、ある環境で、はじめて、自己を表現できることも少なくない。

 ねたきりで、おすわりもできないと思っていた、少女が、体幹を保持し、立位をとり、スイッチをおしながら、移動できる機器をリハビリ課が開発した。ねたきり全面的介護が必要と思われていたが、少女はわずかに動く手で、スイッチを押し、自分の行きたい方向を主張しはじめた。。意欲的な、笑顔がでてきた。人の顔をみる回数が増えた。行きたい場所や近づきたい人を、しっかり見るようになった。体幹保持装置付電動移動装置によって、自分の意志で移動する経験ができた。そのことにより、潜在的にもっていた、人や環境に能動的に働きかける力がでてきた。移動経験は少女の心の中に変化をもたらした。また、回りの人達にも変化をもたらした。「あら、そっちへいきたかったの」「それがみたかったの」それを聞いて少女が笑顔をかえす。移動装置という無機物の装置の働きかけが、人との関係性やコミュニケーションに大きな変化をもたらしたのである。

 人工呼吸器をつけている少年がいた。呼吸器をつけていたが、自発があり陥没呼吸で、しんどそうであった。彼は何かを全身で訴えていた。看護師は、これまでの知識と経験を総動員し二つの可能性を考えた。(1)気管切開チューブの先端が、気管壁にあたり、閉塞している状況 (2)粘調な痰が、気管チューブを閉塞している場合である。看護師はチューブの先端の位置を位置を変えても、呼吸困難は変わらなかったため、手早く吸引した。すると粘調な痰がひけてきて、少年の表情に笑顔が戻った。

 少年の訴えに、知識と経験を総動員し、ケアという形で応えることにより、コミュニケーションが成立した例である。このように、コミュニケーションには、思いだけでなく、客観的事実に伴う、知識も総動員し働きかけ、その結果の本人からの応答を評価して、再びケアを修正し、働きかけるるという、客観と主観をいききしつつ相互性をたかめていくという姿勢も必要なのである。

 医療ケアも、環境をかえて、本人の応答をみ、また自らのケアを変更させて行くという、コミュニケーションの現場の一つの場面であるが、療育場面でもこれらは、時々観察する。

 視覚障害の方が、周囲の環境を十分把握できなかったり、混乱したりすると、自傷行為が出現することが知られている。指で口や鼻や眼の粘膜を刺激する、頭打ちをするなどである。自己刺激で、不安や混乱を遮断し、自分に一番了解可能な自己刺激の世界に入り込むのである。こういった行動を示し、明暗反応のみはかろうじてある視覚障害の利用者を、スヌーズレンという療育場面に参加してもらった。スヌーズレンは、例えば、部屋を薄暗くし、光の点滅や色彩の変化、アロマ、ヒーリングミュージックなど、ゆるやかな感覚刺激の環境を用意し、その環境に本人が自分の感じる力で応答し、楽しめるようにする療育方法である。このような環境では、通常の生活場面では、周囲との関係を遮断し、自傷行為の世界にはいっていた利用者が、自傷をやめ、音楽をきくような、においをかぐような、行動をとりはじめた。自分の世界に閉じこもるのではなく、周囲にこころを開き始めたのである。環境を変化させることで、利用者が本来、もっていた、周囲への応答能力を示し始めたのである。

 びわこ学園が開設間もないころ、療育のリーダーであった森先生は、重症心身障害の方の療育を「ゆさぶり、引き出し、確かめ合う。」という言葉で表現した。

 通常の環境では、本来の自己を表出できない利用者に対して「ゆさぶってみる」ということは新しい、了解可能な環境を用意することである。そのことで、潜在的にもっていた利用者の力が、立ち現れてくる。いいかえれば引き出されてくるのである。その姿を、人と人との関係性の中で、確認し確かめ合うことで、かかけがえのないその人らしさを、関係性という記憶の中にとどめることになる。そのことが豊かなコミュニケーションの出発点になると考えられるのである。森先生の言葉は、今も新しい。